サイバーパテント

コラム

第2回 独占権と排他権の本質〜独占排他権に関する世の中の誤解〜

 知的財産権の代表的なものに特許権がある。特許権とは、特許発明を独占排他的に実施することができる権利である。

日本の特許制度が目的とするところは、特許法第1条に規定されている。要約すれば、技術の累積進歩による産業発展を図ることである。この目的達成のためには、新たな技術が公開される必要があり、秘蔵化を招かないよう発明を開示した代償として、独占排他権たる特許権を付与しているのである。

特許法上「独占排他権」という文言はない。条文(特許法68条)上は、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する」と記載されているだけだ。他の条項との関係も意識して特許権の性質をコンパクトに説明するため有識者が独占排他権という表現を好んで使っている。

ところが、この表現が様々な誤解を招いているようだ。たとえば、「特許さえ取得すれば他人にとやかく言われることなく特許発明を自由に実施できる」「独占と排他は同義で重複表現にすぎない」といった具合である。

今回のコラムでは、特許権の効力について誤解されやすい独占排他権の意味するところについて具体的に解説するとともに、実際の事業上の留意点、ひいては知的財産権の本質について言及したい。

独占権と排他権の違い

 知財業界で「独占権」とは、自己のみが実施し得る権利のことをいう。「自己」には権利者のほか実施許諾を得た者も含まれる。権利者は独占的な地位そのものを「専用実施権」として他人に設定することや、複数人に「通常実施権」を許諾することができる。なお、専用実施権を設定登録すると、権利者自身も実施が制限されるので留意が必要である。

「排他権」とは、権原なき第三者の実施を排除できる権利である。侵害行為に対しては、差止請求などを裁判所に提起できる。また、侵害に直結する予備的行為、例えば特許に関わる製品のためにだけ使用される部品製造などについても間接侵害として禁止できる。

「独占権」と「排他権」は単なる表現の違いではない。「独占排他権」を重複表現として解釈している者がインターネット上では散見されるが、けっして同義ではない。 この2つの権利の違いは、商標権の効力範囲を例にとると分かり易い。登録された商標については独占権も排他権もあるが、類似マークや類似商品といった類似範囲については、出所混同防止の観点から排他権のみが認められる。なお、意匠権は、登録意匠の類似範囲について排他権のみならず独占権が認められているので留意したい。

ちなみに、特許権など産業財産権(日経BizPlus 第44回コラム 参照)の付与に際して、同じ発明等については出願の先後が審査され、最先の出願にのみ独占排他権が付与される。したがって、先に発明した者であっても出願が後手に回れば権利は得られない。

一方、著作権については、複数人が偶然に同じ創作に至れば先後関係にかかわらず重複して権利が発生する。特許権も著作権も独占排他権である点に変わりないが、産業財産権である特許権は絶対権であり、ダブルパテント(同一内容の重複権利)は許されない。

独占権や排他権が制限を受ける場面

 特許を1件だけ取得して「大金持ちになれる」と勘違いする者がいる。たしかに1つの特許で事業を立ち上げ成功した例もあるが、大多数の特許発明は、先人の特許発明に改良を加えた累積技術であり、法律的には利用関係(特許法72条)が成立する。つまり、自分の特許発明を実施すると他人の権利内容も実施することになるのだ。

この他、共有者との間に契約がある場合や、薬事法や農薬取締法など他の法律によって権利者の実施が規制される場合もある。この様に特許を取得した特許権者であっても独占的実施が制限される場合がある。

また、排他権についても制限される場合がある。ライセンス提供をした通常実施権者の行為は言うまでもないが、他にも試験や研究のための実施、調剤行為、再審で権利が回復した場合の制限について特許法に規定されている。

実務上、特に重要なのは先使用権がある場合と存続期間の延長登録をした場合の制約である。「先使用権」(特許法79条)は、特許権者の出願前から当該特許発明を実施している第三者を保護するための既得権である。実験データや各種報告書、製品取扱説明書、パンフレットなどの日付がカギになるが、民間企業が提供する電子タイムスタンプで立証可能だ(特許庁「先使用権制度ガイドライン」参照)。また、薬事法などに規定されている承認手続のために実施できなかった特許期間について「存続期間の延長」が認められることがあるが、延長登録の理由に関係のない物には排他権の効力は及ばない。創薬企業とジェネリック製薬企業(日経BizPlus 第22回コラム 参照)との権利関係においては特に重要になる。

そして、忘れてはならない事象として「消尽」がある(日経BizPlus 第19回コラム 参照)。消尽とは、「特許製品を購入した後は、特許の対価を支払い済みだから、転売等には特許権の効力が及ばない」という考えである。権利者と実施者との間でこの解釈を巡って紛争につながるケースがある。「写ルンです事件」や「インクカートリッジ再生事件」などリサイクルに関連する特許侵害訴訟では消尽に当たるか否かが争点の一つになった。

現実の事業では排他権が鍵を握る

 成熟した技術分野では、先人の技術を利用した改良技術が多い。特許発明を事業化するには常に他人の排他権を意識する必要がある。医薬分野などでは1つの特許が大きな収益源になる場合もあるが、通常は多数の知的財産権によって1つの製品が構成される。基本特許を取得しても、周辺特許を競合企業に取得されると現実的には事業ができない。事業でカギを握るのは産業財産権の排他権としての性質なのである。

典型例として、技術開発力のある中小企業が基本特許を取得しても、現実の事業となると大企業に太刀打ちできない実態がある。大企業では新着の特許情報を常にウォッチし、障害となる中小企業の特許出願を見つけると、周辺技術を特許出願して排他権を固める。もちろん、特許庁に情報提供を行い(日経BizPlus 第47回コラム 参照)、特許が成立すれば無効審判を請求してつぶしにかかる。中小企業は大企業に侵害訴訟を仕掛けても費用面での体力はない。

このような状況では、中小企業は泣き寝入りするか、下請受注と引き換えに無償または安価でライセンス提供するしかない。稀(まれ)に数少ない特許で成功している中小企業があるが、背後に目利きのスポンサーがいることが多い。実態としてはスポンサーが権利を管理しているという構図になっているのだ。

大企業であっても競合他社の排他権の存在によって、思うように事業化できない場合がある。そもそも競合他社への参入障壁を形成することを目的に知財戦略として特許を取得することが多く、当然といえば当然だ。

繰り返しになるが、特許権は排他権で第三者の実施を阻止できる権利であるが、自身の実施を保証するものではない。現実の事業では、自身の特許権より先願の特許権のみならず、後願の特許権に基づく排他権の影響を受け、特許権者といえども自由に事業ができない場合があるのだ。

知財立国の実現には知的財産が活用されなければならない

 個々の事業というミクロな側面で見れば知的財産権の排他的効力が重要になる。しかし、知財立国というマクロで見れば創造・保護・活用の知的創造サイクルを循環させるため、知的財産が有効に活用されなければならない。権利者自らの実施でもよいが、ライセンス提供による広範囲での実施の方が好循環を引き起こすことになろう。

創造活動に対するインセンティブは重要であり、十分に保護されなければ研究開発投資が回収できず革新的な技術は生まれない。そして、知的財産権として保護されても排他権を行使するだけでは知的財産の活用の拡大は図ることができない。

特許などの知的財産は活用されてこそ真の財産的価値を発揮する。経営上もっとも困るのは事業が継続できなくなる事態だ。日本企業同士で周辺特許を奪い合い、さらには侵害訴訟を掛け合うのは、知財立国をめざす日本産業界全体にとってマイナスである。

日本企業同士は技術公開の代償に相応しい適度な先行利得が確保されることを前提に、融通しあうことが望ましい。他社の排他権の迂回技術に時間や労力を費やすより、互いが知財を尊重しクロスライセンスや協業によってオールジャパンで世界にうって出てほしい。

日本が知財立国をめざすためには、日本企業が協力し奮起することはもちろん、国民が知財制度の内容や権利の性質を正しく理解することも知財マインドを醸成する上で重要である。そして、政府にはジャパンパワーを効率的かつ効果的に発揮できるよう、バランスのとれた知財制度の設計・構築・運用を期待したい。

NRIサイバーパテント株式会社 高野誠司