コラム
第12回 侵害訴訟における「勝率」の誤った解釈
受験シーズンが終わり、桜の季節を迎えようとしている。受験生の多くは志望校の「倍率」を気にしながら試験に臨んだことだろう。
言うまでもなく、「倍率」が高いからといって難関校とは限らない。同じ学校の経年変化を確認する上では有効な情報になるが、学校間の難易度と倍率の相関関係は弱い。
話は変わって、知財業界でも見かけの統計情報を鵜呑みにしてはならないケースがある。
その典型例が、知的財産権侵害事件(裁判)における権利者側の「勝率」である。「勝率」が低いため、「権利者が訴えてもなかなか勝てない」と勘違いされる方がいる。
今回のコラムでは、特許権侵害訴訟における表面上の勝率と実態との乖離を解説しつつ、統計情報の利用の心得についてコメントしたい。
特許権侵害訴訟における権利者の表面上の勝率は低い
下のグラフを見てほしい。昨年(2011年)1年間に判決の出た特許権侵害訴訟について、特許権者側からみた勝敗を示したものである。裁判所が公表している知財関係訴訟のうち、特許権侵害を争った事件のみを抽出したものである。
特許権侵害訴訟の勝敗(2011年)
データ出典:最高裁判所ホームページ裁判例情報
地裁判決(第一審)については、勝率31%(11件/35件)である。請求「棄却」判決など明らかな敗訴以外は勝訴としてカウントした。たとえば、損害賠償額が請求より減額されている場合も侵害として認められた観点から、勝訴と解釈した。
知財高裁(控訴審)については、勝率47%(8件/17件)である。一部変更や中間判決もあるため、判決文を確認し権利者有利の判決になったものを勝訴としてカウントした。非侵害から侵害に逆転したものはもちろん、控訴審で特許の無効が認められなかった中間判決も勝訴と解釈した。
地裁と知財高裁を合算すると、勝率は37%(19件/52件)であり、一見すると、「特許権侵害訴訟は、権利者が負け越している」と読める。
権利者の実質的な勝率は極めて高い
知財高裁のホームページによると、知財に関する民事事件(特許権以外も含む)のうち2010年に地裁に提起されたものは631件あり、知財高裁に提起されたものは104件ある。そして、これらの平均審理期間は、地裁が14.8ヶ月、知財高裁が8.5ヶ月である。
ここで、知財に関する民事事件のうち、2011年に言い渡された判決数をカウントすると、地裁と知財高裁を合算しても200件に満たない。平均審理期間から逆算すると、2011年に言い渡された判決は、概ね2010年の訴えに関わるものである。こう考えると、提起されたもののうち、判決が言い渡され公表されているものは、全体の約3割ということになる。
では、残り7割はどうなったのか。実は、大多数が「和解」によって終結する。判決が出ない民事事件は、原則として裁判所は内容を公表しない。したがって、当事者間の交渉経緯や合意内容は正確には分からないが、「和解」によって白黒つけることは稀で、金銭的解決が多いと聞く。
特許権侵害訴訟であれば、侵害(あるいは実施料の支払い)を前提とした協議の結果として妥協点に辿りつくのである。つまり、「和解」は、権利者側の「勝ち」に等しい場合が多い(東京地裁については判例タイムズ1324号参照)。
この様な実態から、特許権侵害訴訟における権利者の実質的な勝率は直近で7割〜8割と推察できる。また、訴訟に至る前に特許権者が第三者に警告状を送付し、水面下の交渉によって調整が完了する場合や調停によって解決する場合も、権利者側の優位性が相当に認められていると考えられる。
統計情報と上手く付き合う
ここまで、表面上の統計情報を鵜呑みにしてはならないことを述べてきたが、読み方や解釈を誤らなければ、裁判所や特許庁が公表する統計情報はたいへん貴重なものであり、おおいに活用すべきである。経年変化を見ると参考になる情報も多く、企業などにおいて知財戦略を策定する上で示唆となる指標もある。
たとえば、上述の2011年の特許権侵害訴訟における権利者側の勝率(37%)は良い方で、以前は勝率2割前後の年が続いた。詳細は割愛するが、判決上の勝率を経年分析すると、裁判所の判断がアンチパテントからプロパテントに変わってきていることがわかる。
特許庁(正確には発明協会)が毎年発行している「特許行政年次報告書」は、特許行政の行方や各国の知財施策の動向を見る上で参考になる。同時に各種電子データが提供され、表計算ソフトでハンドリングできるのも特徴だ。
統計情報を利用する際は、無意識のうちに見せ方の工夫などデータ加工に傾倒するが、情報そのものに対する嗅覚も重要である。腑(ふ)に落ちない点があれば、他の情報との整合性や前提条件を確認することが肝要である。
いずれにしても、日本が知財立国をめざす上で統計情報の活用は欠かせない。産業界において各種統計情報を正確に理解し、的確に活用し、創造・保護・活用で構成される知的創造サイクルの好循環につなげてほしい。
NRIサイバーパテント株式会社 高野誠司