サイバーパテント

コラム

第23回 ノーベル賞と特許
 ~自然科学3賞は実用的な研究に?~

 毎年10月上旬にノーベル賞が発表される。いまさら紹介するまでもないが、ノーベル賞は、ダイナマイトがその発明者アルフレッド・ノーベルにとって不本意な戦争の道具として用いられたことに対し、発明によって得た莫大な資金を平和のために使いたい、とする本人の遺言に従い、1901年に創設された。
 自然科学分野のノーベル賞は、主に研究成果である論文をベースにして選ばれる。論文そのものには何ら手続きなしに著作権が発生するが、記載された研究内容には発明が含まれる場合が多く、特許によって保護可能な研究が含まれることは珍しくない。
 著作権と異なり、特許は「産業上利用することができる」が成立要件になっているため(特許法第29条)、特許を取得した研究内容は後に製品化される可能性がある。日本においてノーベル受賞者と元所属企業や共同研究企業との間で、発明対価や特許使用料を巡る争いが起きたのは(中村修二氏や本庶佑氏の例)、研究成果が製品化され売上や利益に貢献したからこそといえよう。
 本コラムでは、日本人のノーベル賞の研究テーマと特許との関係や近年の傾向について考察したい。

日本は世界では5位だがアジアでは断トツ

 ノーベル賞は、「物理学」「化学」「生理学・医学」「文学」「平和」「経済学」の6分野からなり、特に自然科学3賞の「物理学」「化学」「生理学・医学」については、これらの分野の最高名誉とされている。

図表1.国別ノーベル賞受賞者人数(自然科学3賞) 国別ノーベル賞受賞者人数 出典:ノーベル財団・文部科学省資料。南部氏と中村氏は米国にカウント。

 自然科学3賞の日本人受賞者は、これまで22人である。ノーベル賞受賞者を国別に集計すると、図表1のように米国が1位で、英国、ドイツ、フランスのヨーロッパ勢が続き、日本は5位である。日本を除くアジアからは4人(中国3人、インド1人、受賞時他国籍者除く)で、日本はアジアの中では断トツである。
 中国の学術論文数は近年多くなっているが、地政学あるいは人種的な差別がないことを前提に考えると、研究は長年の成果の積み重ねがないと評価に結びつかないと言える。
 2000年に日本政府が策定した第2期科学技術基本計画において「50年間にノーベル賞受賞者30人程度」という目標を掲げ、当時は目標が高すぎると波紋を呼んだが、米国籍の中村氏と南部氏を除いたとしても、この20年間に16人の日本人が受賞し、目標を上回るペースで推移している。

 

日本人受賞者の特許出願には大きなバラつきが

 自然科学分野の日本人受賞者について、以前に学術論文数を調査したところ、若くしてサラリーマン受賞者となった田中氏であっても当時50論文程あり、決して少なくない。小柴氏は100論文程あり、受賞者の学術論文数は比較的多い。ノーベル賞の選考対象が研究成果であることを考慮すれば当然といえよう。
 一方、特許出願については、図表2に示した通り件数に大きなバラつきがある。件数が多いのは、青色発光ダイオードを発明した赤﨑勇氏・天野浩氏・中村修二氏と、北里研究所から出願している大村智氏である。まったく出願していない受賞者も多い。特許を取得しないポリシーの受賞者もおられるが、ニュートリノなど研究テーマが産業と直接結びつかず特許制度に馴染まないこともある。
 いずれにしても、これまでの日本人のノーベル賞受賞者と特許出願との間に強い相関関係はないが、冒頭に記載したとおり、研究成果には特許になる発明が潜在しているケースがあり、今後その傾向が強まると考える。

図表2.日本人ノーベル賞受賞者(自然科学3賞)の対象研究と国内特許出願件数 日本人ノーベル賞受賞者の対象研究と国内特許出願件数 出典:対象研究は内閣府資料等。特許出願数は2007年の特許庁調査結果と弊社「CyberPatent Desk」を使用した結果をもとに同姓同名を技術分野や所属で除外。

ノーベル賞の受賞研究テーマは実用的なものに移りつつあるのか?

 日本人受賞者の研究テーマの変遷を観ると、科学的「発見」はいつの時代にもあるが、「提唱・予測・解明」から「発明・開発・応用」に移り変わり、より実用的な研究が近年増えているように観える。ノーベル賞の重点領域が、基礎研究から応用研究に移ってきたのかもしれない。
 特許よりも論文が大事と考える研究者は依然として多いが、大学での研究評価で特許が一定の指標となってきている。また、自らの研究やその成果が第三者から制約を受けないために特許を取得する動きもある。そして、ノーベル賞など権威ある賞で評価される研究に実用的なテーマが増えると、研究と特許との関係性はより深まっていくだろう。
 ノーベル賞の対象は「者」であるが、その受賞理由として研究テーマがあげられ、その根拠となる論文が概ね特定される。換言すれば「ノーベル賞をとったのはこの論文だ」と語られることがあるが、ノーベル賞は論文に与えるとは謳っていない。
 新規性要件をクリアするため、論文発表より先に特許出願されることを考えると(実際には、論文発表が先で特許法第30条の新規性喪失の例外規定を使い後から特許出願することがあるが)、いつの日か「ノーベル賞をとったのはこの特許だ」と語られる時代がくるかもしれない。そもそもノーベル賞はダイナマイトの発明が起源である。
 さて、間もなく2021年のノーベル賞の発表がある。日本から受賞者が出ることを期待する。

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高野誠司