サイバーパテント

コラム

第24回 秘密特許制度
 ~防衛上の秘密と特許制度のバランス~

 最近、秘密特許制度に関する話題をネット上で目にする。この話題は実務的な法改正が落ち着いた頃に周期的に発生する。
 かつて日本には、秘密特許制度が存在した(1948年法改正で廃止)。軍事上の秘密を要する発明は、一般には公開されず特許審査のため政府に対してのみ発明の内容が開示され、所定の条件を満たすことで秘密特許が付与された。現在は存在しないため、正確な定義はできないが、秘密特許制度は、安全保障上重要な技術に関する特許出願を一定期間非公開とする制度で、日本を除く先進国のほぼ全ての国で同様の制度がある(TRIPS協定第73条で安全保障上のための措置が認められている)。
 この秘密特許制度の考え方は、現代特許制度の根幹を成す2つの大きな柱と矛盾する。すなわち、特許制度は、発明公開の代償として独占排他権を付与すること、そして公開情報によって技術の累積的進歩を図ることを柱としている。
 一方で、安全保障上重要な技術情報が、懸念する国に漏れることや、意図しない者が独占排他権を取得し、我が国が防衛上必要な技術を自由に使えないことは困る。安全保障上重要な技術について、一定期間秘密にしつつ権利を確保する制度の必要性は理解できる。
 今回のコラムでは、現代特許制度下における秘密特許制度のあり方について考察する。

特許は発明公開の代償として付与される独占排他権

 秘密にすべき一定の技術分野については、出願人によって公開延期申請をできるようにすればよいのではないか。もちろん、公開の代償として特許を付与するのが特許制度の根幹であるから、審査請求の延期とセットにすべきである。
 出願することで先願権は確保でき、他者による権利化は阻止できる。仮に機微な技術であって、政府等から出願人が公開延期申請や公開前の出願放棄等を強要される場合には、当然、補償金の交渉になるはずで、発明のインセンティブは維持できる。外国への出願を制限する場合も同様である。
 秘密特許制度を話題にする上で、特許法第26条は確認しておきたい。「特許に関し条約に別段の定めがあるときは、その規定による」とあり、日米協定出願がこの規定にあたる。防衛目的の特許および技術上の知識の交流を容易にするための日米政府間協定等に基づくもので、秘密特許制度の考えに似た運用がなされている。
 日米協定出願は、秘密保持が終了するまでの間、公開されない代わりに特許査定もされないので、発明公開の代償として独占排他権を付与する原則は貫いている。特願平7-8000001など出願番号が800001~のものが該当する。弊社サービス「CyberPatent Desk」の文献番号照会画面から検索・閲覧することができる。件数は少なく、近年は出願がないが(平成初期に数十件あり、特願平7-800002が確認できる最後の出願)、特許庁に確認したところ、現在もこの協定は破棄されていない。

防衛技術だって技術の累積的進歩が必要

 現代の兵器は特殊素材や電子部品、コンピュータやソフトウェアなどが多用されているため、他の技術分野と同様、技術の累積的進歩によって発展を遂げていると考えられる。防衛技術においても最先端兵器に対応するための技術情報や累積的進歩が欠かせない。
 また、軍事産業における競合相手(戦争の相手ではない)の技術情報は、重複開発投資を避けるためにも有用である。
 秘密特許制度の目的が、懸念する国への情報漏洩防止にあるとすれば、必ずしも出願内容の全てを非公開にする必要はないのではないか。例えば、数値情報や図面のみを秘密にする案が考えられる。発明が解決しようとする課題や発明の効果が情報共有できれば、少なくとも国内の同業者間で重複開発投資を避けるための情報源になる。これらの情報をもとに必要に応じて技術協力や提携をすれば、当事者間で詳細情報を融通し技術の累積的進歩を図ることができる。
 いずれにしても、国防の観点では味方同士の間柄であって事業の観点では競合の間柄において、つまり日本国内(あるいは同盟国)の関係者間では、技術の早期公開が望ましい。

我が国にとって有利かつ効果的な秘密特許制度を

 軍事産業において、民間企業から観た競争相手は自国や同盟国の競合会社であり、切磋琢磨しながら技術は累積的に進歩する。国が意識する相手と、民間企業が意識する相手とはズレが生じる。国防上重要なことは、必要な技術の使用が阻害されないことであり、懸念する国に秘匿すべき技術情報が漏れないことである。
 仮に戦争に巻き込まれた場合、特許訴訟など裁判所で争う悠長な状況は想像できない。有事の際に特許権は無力である。がしかし、特許情報は防衛技術の発展に欠かせない。
 一民間人として安全保障に関する軽はずみな言及はできないが、我が国(または同盟国を含む)での技術情報が適切な範囲で共有され、技術開発にインセンティブが働き、技術の累積的進歩を図りつつ、懸念する国に肝心な情報を教えない、という「良いとこ取り」の制度設計または運用は可能と考える。
 そもそも、特許制度は属地主義を前提とした国策であるから、国際条約に反しない限り自国に有利な制度を創設してよい。我が国にとって効果的な秘密特許制度を望む。

Questel CyberPa tent
高野誠司