コラム
第25回 権利期間終了後に起きること(その1)
~ 意匠法改正の留意事項 ~
製薬会社では、1つの特許が会社の業績に多大な影響を及ぼすことがある。新薬の特許権の存続期間が満了すると後発医薬品(ジェネリック医薬品)の進出によって売上が激減する。このことは、売上を示すグラフが崖のような形になるところから、パテントクリフ(特許の崖)と呼ばれている。
特許出願をする製薬会社は、出願時に権利期間終了後に起こるであろう状況は想定した上で、発明内容(薬の化学式等)を開示した特許出願を行い、特許権を取得する。延長登録出願や出願時期を遅らせた製法特許等で権利の延命を図り、研究開発コストを回収する。後にジェネリックに市場を奪われたとしても、権利期間中に莫大な利益を得て、次の新薬の研究開発に投資する。
この様に、知的創造サイクル(創造→保護→活用→次の創造)が機能し、出願による情報開示のデメリットよりも特許による一定期間の独占排他権で得られるメリットの方が大きい産業分野では、特許権などの産業財産権がイノベーションを後押しする。
ところで、2020年4月1日から改正意匠法が施行され、「画像」「建築物」「内装」が保護対象になった。この意匠法改正は130年ぶりの大改正と言われている。
一般的にデザインには流行性があり、意匠権の存続期間満了頃に陳腐化すれば、良い具合に独占排他権を活用することができる。しかし、陳腐化せず長期にわたり識別力を発揮するデザインを意匠法で保護しようとすると、むしろ意匠登録出願が仇になるのではないか。
法改正にあたっては、有識者で議論が尽くされているはずであるが、権利期間終了後に他社によって自由に使われると困る知財、一定期間の独占排他権では割に合わない知財まで保護対象にしていないか心配である。
「画像」「建築物」「内装」デザインの保護
意匠法改正で保護対象が大幅に拡大された。詳細は特許庁の令和元年意匠法改正特設サイトを参照いただきたい。
まず、「画像」が保護対象となり、物品と紐づけることなく保護される点は画期的であり、デジタル時代に相応しい改正だと考える。従来は、「プリンターの操作画面」など、特定の物品との関係で画像が保護されたが、法改正により物品に記録・表示されているか否かにかかわらず画像そのもの(たとえば、クラウド上のアプリの画像や物品以外の場所に投影される画像のデザイン)が保護されるようになった。
産業上の投資がハードからソフトに重点がシフトし、そのなかでもデザインの比率が高まっていることからも適切な保護といえよう。また、デジタル関連のデザインは流行性があり意匠法が意図する保護期間内で概ね陳腐化すると考えられる。
問題は、「建築物」と「内装」である。これらのデザインに創作性があり保護することに異論はないが、意匠法は流行性のあるデザインを一定期間保護するものである。法改正によって意匠権の存続期間は出願から25年になったが、たとえば鉄筋コンクリート造の建築物の法定耐用年数は47年であり、実際には100年もつものもある。識別力や信用の類を保護するのであれば、権利期間を必要なだけ更新可能な商標法によって保護すべきである。
商標の登録審査では、商標法所定の登録要件を問われるが新規性は問われない。ハードルはそれなりにあるが、老舗の店舗外観であっても新規性喪失を理由に拒絶されることはない。実際にコメダ珈琲の店舗外観は、後述の事件発生後(2016年)に立体商標として登録されている。
株式会社コメダの登録商標(第5851632号)
参考:弊社「CyberPatent Desk」の商標検索サービスで詳細を確認できる。
コメダ珈琲の店舗デザインを守ったのは不正競争防止法
コメダ珈琲、特に郊外の店舗に何度か行ったことがある方であれば、仮に初めて行く土地のコメダ珈琲であっても、看板を確認するまでもなく外観でそれとわかるはずだ。店舗内に入れば馴染みの内装でくつろぐことができるだろう。
2015年、コメダ珈琲を運営する株式会社コメダは、外装や内装等が類似する店舗を運営する会社を相手に、東京地方裁判所に仮処分命令申立を行い、当該店舗用建物の使用禁止の決定に至っている(その後和解成立)。この事件は、不正競争防止法に基づき決着した(店舗デザインが同法2条1項1号および2号の商品等表示に該当)。
意匠法改正によって建築物・内装が保護対象となったことで、この事件を想起する。仮に、コメダ珈琲の店舗の外装や内装が新規性をクリアして意匠登録されたとしたら、権利期間終了後は自由に使ってもよい、というメッセージを与えることになるだろう。不正競争防止法は、特許・実用新案・意匠・商標各法で保護できないものを救う「奥の手」の位置づけでもあるが、この事件では、消費者の混乱を防止する上で重要な役割を果たした。
権利期間終了後のリプロダクト
特許庁が管轄する産業財産権(特許権・実用新案権・意匠権・商標権)は、権利期間を終えると第三者に開放され自由に使える。産業財産権は、ダブルパテント(重複登録)がない上、出願内容が公開されているため、後発の出願は新規性(商標権を除く)が阻害され、同一範囲の権利が後に発生する心配はない。
冒頭に記載したジェネリック医薬品の進出は、特許権の存続期間満了後に起こる典型例である。権利期間を終えた意匠(デザイン)は、リプロダクトとして市場に出てくることがある。たとえば、有名建築家の設計したソファーなどの家具である。形状の識別力が長年続く家具であっても、意匠権の存続期間満了後は第三者が自由に製造・販売してよいことになる。
意匠法によって独占排他権である意匠権が付与され一定期間保護された後に、不正競争防止法を持ち出すことは、明らかに「後出しジャンケン」で許されないと考える。権利期間終了後の意匠が広く利用されることは、法の趣旨(意匠法1条)にも合致する。
権利期間終了後に開放される覚悟が必要
この様に、特許出願や意匠登録出願する際は、公開の代償として一定期間保護されることと引き換えに、権利期間終了後に権利が開放される覚悟が必要である。一般的な知財の保護活動では、出願によって内容が公開されることを意識し、秘密にすべきか出願して権利化すべきか検討すると思うが、長期的な視点では、権利期間終了後に起きることも意識しなければならない。
今回のコラムでは意匠を中心に記載したが、後日「その2」では、特許を中心に権利期間終了の効果について考察したい。たとえば、太陽電池のエネルギー変換効率は20年間の技術進歩で数%しか向上していない。であるならば、他社の特許切れ技術を活用して、研究開発費を抑えた方がコストパフォーマンスがよいのではないか。
いずれにせよ、知財である産業財産権は、様々な時間軸での効果を認識した上で取得・監視し、事業戦略ツールとして、そしてイノベーション促進ツールとして活用することが肝要である。
高野誠司