サイバーパテント

コラム

第29回 知財で使う国語は難しい?

 春になると新社会人の研修が始まる。そして企業で大きな組織変更があるのもこの季節だ。初めて知財や法律文章に触れる方のなかには、日本語なのに難しいと感じる方も多いだろう。
 私は国語が苦手で、弁理士試験の論文対策で多少鍛えられたが、今でも漢字や語句の意味をネットで調べることが多い。読者の多くは「早い」と「速い」の違いは理解していると思うが、では各々の対義語を漢字で書けるだろうか。知財業界ではほとんど区別されず「遅い」を使うが(本来は常用外の「晩い」と「遅い」)、このことが問題になることはない。
 一方で、似た用語でも区別して使用しないと誤解につながることがある。例えば、「又は」と「若しくは」は、峻別できないと大きな誤解に発展することがある。
 本コラムでは、特許法などの条文を読む際や、特許出願書類などの文章を取り扱う際に、初心者が陥りがちな誤解や誤用の例を自分の経験に基づいて紹介したい。
 知財業界に入りたての方に参考になれば幸いである。ベテランの方には、常識的な内容かもしれないが、若かりし頃の記憶を思い出し、新人教育などの参考になれば幸いである。

「乃至」は一般の方は読めないし誤解している。

 「乃至」は「ないし」と読むが、日常の文章で目にすることはない。私が最初に意識したのは、特許請求の範囲 である。
 一般の方(知財や法律に普段かかわらない大人)に「請求項1乃至請求項3」の意味を口頭で問うと、多くの方が「請求項1又は請求項3」と同じ意味だと答える。「請求項1と請求項3」といった回答もあった。
 この様な回答をされた方は「請求項2」への言及はない。正解は「請求項1から請求項3」、つまり「請求項2」を含む。
 私は社会人になって、発明者として特許出願を代理人(弁理士)に依頼した際に、「乃至」の意味を誤解し、代理人に修正を求めたことがあった。代理人の説明により意味を理解した後も、長年の思い込みからしばらく腑に落ちなかった。

「場合」と「とき」の使い分けは一般の文章でも使える。

 「場合」と「とき」は、ともに仮定や条件を示すときに用いる。単一の仮定や条件であれば、いずれを使っても問題ないが、二重の条件では「場合」が「とき」の前提条件となる。
 「〇〇の場合、△△のときはA、××のときはB」といった具合に、〇〇と△△の条件が重なったときにAになり、〇〇と××の条件が重なったときにはBになる。多重条件の条文例としては、特許法第17条の2第1項各号などがある。
 この使い分けは、一般の文章でも使える。例えば、「月曜日の場合20%割引、雨天のときは更に1ドリンクサービス」と記載があれば、火曜日など他の曜日には天気にかかわらず特典がないと解釈できる。
 因みに漢字の「時」は、ある時点を示す用語であって、仮定や条件で用いることはないので誤用に留意したい。

「並びに」と「及び」、「又は」と「若しくは」は、大小括弧の関係にある。

 「並びに」と「及び」は、ともに並列の関係を示す接続詞である。グループが異なる場合に大きな区分で「並びに」を使い、小さな区分では「及び」を使う。例えば、「A社の甲及び並びにB社の丙及び丁」といった具合である。なお、同一グループ内で多数を括る場合には読点「、」でつなぎ、「甲、乙及び丙」といった具合に、最後に接続詞を入れる。英語(A, B and C)と同じ要領である。また、大小がない単一グループで完結する文章では「及び」を用い、「並びに」を単独で用いることはない。
 「又は」と「若しくは」は、ともに選択の関係を示す接続詞である。グループが異なる場合に大きな区分で「又は」を使い、小さな区分では「若しくは」を使う。1点留意したいのは、単一グループの場合には、「若しくは」ではなく「又は」を用いることである。この点は、先の「並びに」と「及び」の大小関係と扱いが逆になる。
 これらの関係を強引に数学の括弧で各々表現すると、「(A及びB)並びに(C及びD)」、「(A若しくはB)又は(C若しくはD)」となる。数学の演算子と同様、接続詞の解釈を間違えると答えが異なる。例えば、「晴れの日の朝若しくは雨の日の夕方又は昼」という文章においては、「昼」に天気の限定はないが、「若しくは」と「又は」を入れ替え「晴れの日の朝又は雨の日の夕方若しくは昼」とすると、「昼」は雨の日に限定される。
 契約文章でこれらの接続詞が多用されるので特に気をつけなければならない。条文例としては商標法第3条第1項第3号などがある。

         

「規定」と「規程」の使い分けは重要ではないが誤用に気をつけたい。

 「規定」は個々の条項や定めを意味し、「規程」は一連の規定の全体を意味する。例えば「職務発明規程のなかの秘密保持に関する規定」といった具合である。
 なお、「規定」は「規定する」のように動詞にできるが、「規程」はそのように使うことはできない。
 恥ずかしながら、私がこの使い分けを理解したのは弁理士になってからである。一方で、この使い分けが身についた後は、誤用を見ると気になってしかたがない。
 新聞社や出版社のなかには、本来「規程」を使用して表現すべきところを「規定」で統一しているところがある。知財に携わる者としては誤用に気をつけたい。

 今回のコラムでは、初心者向けに知財業界で気を付けたい表現などの典型例をいくつか示した。機会をみつけて中級者向けの内容も書いてみたい。
 

高野誠司